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【アラベスク】  第10章 カラクリ迷路



第2節 土曜日のギャンブル [8]




 金本緩という少女がどのような人間であるのか、その時瑠駆真はよくは知らなかった。今だって、完璧に理解しているわけではない。冷たい態度で聡とは反りの合わない存在だという情報は得ているが、だからと言ってゲームやアニメに興味を持つ事が異常だとは思えない。
「いいじゃないか、別にたかだかゲームだろ?」
「たかだか?」
 瑠駆真の態度はあまりに素っ気ない。聡は声を大きくして聞き返す?
「お前、わかってんのかよ? ただのファンタジーや格闘技じゃねぇぞ。恋愛だぞ? 恋愛」
「らしいな」
 態度を崩さない瑠駆真に、聡は身を乗り出す。
「引き篭もって一人でテレビに向かってニヤニヤやってんだぜ。好きだなんだって言われて勝手にノロけてよ」
 卑俗な言葉で義妹を罵る。
「彼氏も、どうせ友達もいねぇからって部屋に閉じこもって一人遊びかよ。根暗だよ。変態だよな」
 どうせ友達も―――
「逃げだよ、逃げ。現実逃避。現実の世界じゃ好かれないからって仮想世界に逃げ込んで引き篭もってさ……」
「やめろよ」
 鋭くはなかった。だが、優しくもない。だからこそ、小さくはあってもしっかりと聡の耳に届いた。
「あ?」
 ワケがわからず口を半開きにする聡。その姿から視線を外し、瑠駆真は独り言のように吐く。
「やめろ」
「は? 何?」
「誰しもが君のような社交的な生活を送れるとは限らない」
 そうだ。昼間は強制的に学校での集団生活を余儀なくされている分、放課は一人になりたいと思っている人間も多いはずだ。
「誰かに迷惑を掛けているワケではないだろう? なぜそう嘲るんだ?」
「なんでって、それはよぉ」
 瑠駆真の反論に納得のできない聡は、前屈(まえかが)みのままキーホルダを握り締める緩を指差した。
「だってよぉ、考えてもみろよ。部屋ん中で現実離れした男のイラスト眺めて一人で喜んでるんだぜ。根暗で異常だよ」
 根暗で異常。

「まったく、いつもいつも部屋に篭りっきりで、何やってるのっ!」

 瑠駆真の耳に、母の叱咤が響く。

「昔はほとんど家に篭りっきりだったのにな」

 小童谷陽翔の嘲りが広がる。

 僕が、いったい何をしたと言うのだ。そこまで蔑まされなければならないような事をしたと言うのか?
「人にはそれぞれ、その人に合った過ごし方というモノがある。君が、彼女の家での過ごし方についてあれこれ口を出す権利はないと思うが」
「権利がある無いの問題じゃなくってよ」
 同調してくれない瑠駆真に反感をおぼえる。そもそも瑠駆真はライバルだ。
「気味が悪いって言ってるんだ。部屋で一人遊びだなんてよ、気持ち悪いじゃねぇか。だいたい、俺がバラすって言ったらあたふたしやがってんだぜ。緩本人だって、自分のやってる事が異常だって認めてるようなものだ」
「誰にでも、人には知られたくないと思うものぐらい、持っているはずだ。君にだってあるだろう?」
 問われ、聡は言い返そうとして言葉を飲む。

「聡、やめてよっ」

 己を抑えきれない自分。実父の存在。母との不和。
 だが聡は、それらを振り払うように両手を振った。
「緩は美鶴を身勝手に陥れたんだ。秘密をバラされたって文句は言えねぇ」
「人の弱みを握って脅すか。やり方が卑劣だな」
「緩の方がよっぽど卑劣だ」
「だからと言って、むやみに人を羞恥に晒すのはやめろ。見ていて腹が立つ」
 トンッと、背中を校舎の壁へ預ける瑠駆真。
「だいたい、自信満々に企業秘密だと言うからどんな策かと思ってみれば、まさかこんな脅迫紛いな手段だったとはね。そんな力任せな脅しで美鶴の謹慎が解けるとでも思っていたのか?」
「っんだとっ!」
 もう我慢ができず、聡は瑠駆真の胸倉を掴む。だが瑠駆真は、引っ張られるよりも早くに身を聡へ寄せた。そうしてそのまま耳元へ口を寄せる。
「どのみち、彼女の秘密をバラしたところで美鶴の謹慎は解けないぞ」
 耳元で囁かれ、聡は瞠目する。ただ、瑠駆真の胸を握る手に力を込めるだけ。
「お前に脅されても頑固に撤回を拒否するんだ。ゲームなんかよりも、廿楽華恩への忠誠心の方がよっぽど異常だよ。そうは思わないか?」
 聡の耳へ囁きながら、その円らな瞳は緩へ向ける。
「お前が秘密をバラせば、今度はどんな暴走をしでかすかわからない。お前のやり方は得策じゃない。やめておけ」
 瑠駆真の言葉に、聡は唇を引き締める。
 得策じゃない。
 ハッキリと断言され、返す言葉もない。
 これ以上ない程の上策だと、美鶴を救い出し生意気な緩から優位を得るのに、これ以上最高の手は無いと自信を持って行動してきた聡にとって、その発言は屈辱にも等しい。しかも、よりによってその言葉を瑠駆真から告げられたのだ。







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